大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(行コ)50号 判決 1970年2月13日

控訴人(被告) 仙台通商産業局長

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

被控訴人(原告) 旭礦末資料合資会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人指定代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

鉱業法施行法(以下「施行法」という。)第七条は、「鉱業法施行の日から六ケ月以内に追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願が土地所有者以外の者よりあつたときは、通商産業局長はその出願地に係る土地の所有者に対してその旨の通知をしなければならず土地所有者がそれに基づいて右通知の到達の日から三〇日以内に当該追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願をしたときは、その者は、鉱業法第二七条の規定にかかわらず、他の者の出願に対して優先権を有する。」旨を定めているが、右規定の文理面からみてこの場合土地所有者からの追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願が、鉱業法施行の日より六ケ月以後になされることのあることは、当然法の予想するところといえる。なるほど、施行法第七条の通商産業局長の通知が遅滞なくなされるべきことおよび土地所有者が優先権を取得するための出願が右通知の到達した日から三〇日以内になされるべきことは、原判決のいうとおりであるが、原判決が、これを理由として、土地所有者の出願そのものが鉱業法施行の日より六ケ月を著るしく超えないうちになされなければその出願に優先権が認められないとしているのは、誤りである。なんとなれば、施行法第七条の通商産業局長の通知が遅滞なくなされるべきであるということは、それが同条の予定しているところであるとはいえ、所詮訓示的な意味をもつにすぎないものであつて、その通知が遅滞したために同条の通知としての効力を欠き、その通知の到達後三〇日以内に優先権のある出願をなしうる土地所有者の権利が消滅するというような意味をもつものではないからである。このことは次の点から考えても当然である。

(1)  まず施行法第七条は、通知をなすべき期限を定めていない。土地所有者としては、鉱業法施行後六ケ月以内に他の者から追加鉱物に関する鉱業権設定の出願がなされたことを知つたときは、その旨の通商産業局長の通知をまつて優先権のある自己の出願をしようと考えるのが当然であり、かかる場合に、通商産業局長の通知が遅滞したためにその出願の権利が失なわれるとすることは、土地所有者に不当な不利益を与えることになる。

(2)  次に「遅滞なく」通知すべきであるといつても、遅滞の有無の判定は、形式的になしうるものではない。このように不明確な要件をもつて土地所有者の優先出願権を制限することは、法律の解釈として許されない。

ところで本件通知が遅れた原因は、次の事情によるものである。すなわち、鉱業法(昭和二五年一二月二〇日法律第二八九号)に基づく鉱業権の設定の出願については、当初出願区域に係る土地の所有者の氏名・住所等を明らかにすべきことは要求されていなかつた(同法施行規則第四条参照)。したがつて、本件の場合被控訴人の出願の当時出願区域に係る土地の所有者が国であつても、当該土地の管理機関でもない控訴人においては、これが国有であることを当然に知り得るということはなかつたのである。しかしながら、出願区域の土地所有者が何人であるかを知ることは、施行法第七条による追加鉱物を目的とする鉱業権設定の出願処理に当つて必要不可欠であるから、昭和二六年八月二八日の同法施行規則の改正によつて、附則第一二項を追加し、これを鉱業法施行の日に遡つて適用することとしたのである。被控訴人の本件土地に係る出願がなされたのは、右附則第一二項の追加前の昭和二六年二月二一日であつて、施行規則第四条によつてなされたものであつたから、出願区域の土地所有者が何人であるかは、控訴人において知る由がなかつたので、右附則第一二項の追加後において、控訴人は被控訴人に対し同項により出願区域の土地所有者の氏名等の報告方を求め、その報告をまつてはじめて本件土地の所有者が何人であるかを知るに至つたのである。

(被控訴人の主張)

施行法第七条の規定は、鉱業法第二七条の規定の例外規定であり、これがおかれた趣旨は、鉱業法の施行に伴い従来土地所有者の自由にまかされていた追加鉱物を試掘、採掘する権利が土地所有権から分離されることになつたので、土地所有者に優先権を与えることにより、経過的にその権利を保護しようとしたものである。さすれば、同法施行当時の土地所有者を保護すれば足り、同法施行後新たに土地所有権を取得した者を保護する必要はない。

仮に施行法第七条の土地所有者に鉱業法施行後の土地所有権取得者も含まれるとしても、その範囲は同法施行後六ケ月以内の土地所有権取得者に限られるべきであり、それより後の土地所有権取得者は含まれないものと解すべきである。

なお、施行法第七条は、通商産業局長が通知をなすべき期間については定めていないが、同条はその通知が遅滞なくなされることを予定しているものと解すべきことは当然であり、かつ、右通知は鉱業法施行の日から六ケ月以内に他による出願があつた場合に限つてなされるべきものであり、土地所有者による優先権ある出願も、右通知の到達した日から三〇日以内になされたものに限り許されることに鑑みれば、土地所有者の出願についても、同法施行の日から六ケ月を著るしく超えないうちになされたものに限り、優先権が認められるものと解すべきである。しかるに本件においては、通商産業局長の通知も訴外下大越牧野利用農業協同組合(以下「訴外組合」という。)の出願も原判決認定のとおり、右期間を著るしく経過した後になされているものであつて、かくのごとく遅延した通知ならびに出願によつては、到底施行法第七条による優先権を認めることはできない。

仮に被控訴人の前記主張が全て理由がないとしても、施行法第七条第一項の通知は、出願があつた当時の土地所有者に対しなされるべきものと解すべきところ、本件においては、被控訴人が出願した当時の所有者である国に対する通知はなされていないのであるから、訴外組合に対して同条第二項の優先権を認めることはできない。

理由

一、被控訴人が昭和二六年二月二一日原判決添付別紙(一)記載の区域につき石灰石、ドロマイトを目的として鉱業権(採掘権)設定の出願をしたこと、訴外組合が昭和二七年三月三一日国から自作農創設特別措置法第四一条により右被控訴人の出願区域中原判決添付別紙(二)記載の区域(以下本件区域という。)の売渡を受けてその所有権を取得し、その後昭和三五年六月二七日本件区域について石灰石を目的として鉱業権(採掘権)設定の出願をしたところ、控訴人において昭和三九年一〇月二八日右出願を許可し、右許可は同年一一月五日福島県採掘権登録第一三一七号として登録されたことは、当事者間に争がない。

二、ところで本件の争点は、訴外組合が被控訴人に対し優先権を有する出願者であるか否かの点にあるので、以下この点について判断する。

鉱業法(昭和二五年法律第二八九号、昭和二六年一月三一日施行)は、従前の法規のもとでは土地所有権の一内容とされていた石灰石、ドロマイト等の追加鉱物を試掘採掘する権利を新たに鉱業権として土地所有権から分離させたが、右につき直ちに鉱業法第二七条に定める先願主義の原則を適用することは、従前より右追加鉱物を掘採している者、追加鉱物の取得を目的とする土地に関する権利を有している者および土地所有者の既得の権利を害するおそれがあるとの配慮から、経過的にこれらの者の権利を保護する必要があるとして、施行法第五条ないし第七条の規定を設けた。しかしてその保護の態様は、経過的措置の趣旨に鑑み、追加鉱物を掘採している者および追加鉱物の取得を目的とする土地に関する権利を有している者については、施行法第五条および第六条をもつて、これらの者またはその承継人が鉱業法施行の日から六ケ月以内に当該追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願をしたときは、他の出願に対し優先権を有する旨を定め、土地所有者については、施行法第七条をもつて、鉱業法施行の日から六ケ月以内に他の者から追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願があつたときは、通商産業局長は土地所有者に対しその旨の通知をなすことを要し、土地所有者が右通知到達の日から三〇日以内に当該追加鉱物を目的とする鉱業権の設定の出願をしたときは、他の出願に対し優先権を有する旨を定めた。

ところで右施行法第五条ないし第七条の規定を通覧するに、第五条および第六条の場合は、鉱業法施行当時追加鉱物を掘採している者および追加鉱物の取得を目的とする土地に関する権利を有している者のみならず、鉱業法施行の日から六ケ月以内にこれらの者の権利を承継取得した者についても(この場合には前主に代つて)優先出願権が認められていることが規定の文面上明らかであるが、第七条の場合は、右二者の場合と異り規定上に「承継人」の記載がないから、土地所有者については、鉱業法施行当時の所有者に限つて優先出願権を認め、その承継人にはこれを認めない趣旨と一見解されないでもないけれども、かかる解釈は妥当でない。なんとなれば、第五条および第六条の規定は、経過的措置として、鉱業法の施行に伴う同法第二七条所定の先願主義の原則の適用につき、六ケ月の猶予期間を認め、その間の既得の権利者を保護しようとする趣旨に出たものであるが、第七条の場合に限つて、何故既得の権利が土地所有権なるのゆえをもつて、右二者の場合と別異の取り扱いをせざるを得ないかの理由を発見するに苦しむからである。この考方をふえんすれば、第五条および第六条の場合の既得権なるものは、従前土地所有権の一内容にすぎなかつたものであるがゆえに、これを具体的に特定する必要があり、かつ右六ケ月の期間内にこれらの権利を承継取得した者をも包含せしめるためには、権利者に併せてその「承継人」を併記する表現方法をとらざるを得なかつたのであるが、第七条の場合の既得権は土地所有権であり、所有権は一にして二なきものであるから、右六ケ月の期間内に土地所有者であつたものであれば足り、その間に所有権の変動があつても、前二者の場合のように特に「承継人」を掲記する必要をみないとして、第七条は「承継人」の記載を省略したものといい得る。とすれば第七条の土地所有者の場合にも「承継人」の観念は容れられるものといわなければならない。

しかして第七条は第五条および第六条と異り、権利承継に関し、承継人を鉱業法施行後六ケ月内の権利取得者に限定する趣旨をうかがわしめるに足る規定を欠くが、第五条および第六条の場合の権利は具体的顕在的な権利であるのに比し、第七条の場合の権利は土地所有権であるとはいえ、鉱業権的立場からは所有権に内包される潜在的な権利であるにすぎないから、均衡上第七条の場合につき、前二者の場合以上の保護を与えることは考えられない。そうすると、第五条ないし第七条はいずれも経過的規定であつて、少くとも権利承継の問題に関する限り、その間に別異の取り扱いをなすべき理由を見出し難いから、第七条の場合にも、承継人としては、鉱業法施行後六ケ月内に土地所有権を承継取得した者に限り優先出願権が認められると解するのを相当とする。

いま本件についてこれをみるに、訴外組合が国から本件区域を買受けてその所有権を取得したのは前記のとおり昭和二七年三月三一日であるから、鉱業法施行の日たる昭和二六年一月三一日からすでに六ケ月以上を経過していることは明らかであり、したがつて訴外組合は優先出願者たる資格を有しないものといわなければならない。

してみれば、爾余の争点について判断するまでもなく、訴外組合の出願に優先権があることを前提としてなされた控訴人の本件出願許可処分は違法たることを免れないから、取消さるべきである。

三、以上の次第で、原判決は、当裁判所と理由の判断を異にするものがあるが、結論において同じであるから、結局原判決を正当として、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 川添万夫 秋元隆男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例